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ゴールデンハムスター金熊のキミさまとマツシマの日記。むしろ最近はマツシマのどうでもいい日記とか。
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女性は「産む機械」 柳沢厚労相|福祉|教育・福祉|Sankei WEB

以下引用--------------------
 柳沢伯夫厚生労働相は27日、松江市で開かれた自民県議の決起集会で、「産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と女性を機械に例えて少子化問題を解説した。

 柳沢氏は「これからの年金・福祉・医療の展望について」と題し約30分間講演。出生率の低下に言及し「機械って言っちゃ申し訳ないけど」「機械って言ってごめんなさいね」との言葉を挟みながら、「15-50歳の女性の数は決まっている。産む機械、装置の数は決まっているから、あとは一人頭で頑張ってもらうしかない」と述べた。

 厚労省は昨年12月、人口推計を下方修正。この時、柳沢氏は「子供を持ちたいという若い人たちは多い。その希望に応えられるよう、できる限りの努力をしていきたい」と話していた。

(2007/01/28 03:40)
--------------------以上、引用終了 2007年2月2日


私の思う結論をまず言うと
「たぶんこの人の言葉遣いが悪かっただけだと思う」
ということになります。

いや、最初は私も
「また馬鹿なこと言うやつが出てきたよ。こんなんが大臣なんてやってていいのかねー」
と思ってはいたのですが、
一方的に辞めろ辞めろというのもなんか違う気がしてきたので、考えてみたんです。

以下私の勝手な考え。


大臣は日本を1つの「システム」としてみた場合の話をした。
ということ。

この仮定を前提とすると、確かに女性は「産む機械」、「産む装置」になるのかもしれません。
そうするとその「機械」とやらの頭数が決まっているのもまた事実。

ただしその場合
男性も「働く機械」になるわけですが。

単純に、女性・男性それぞれに与えられた役割を
「機械」と表現しただけなのでしょう。大臣は。

こう考えると
「男性はちゃんとした人間だけど女性は所詮機械でしょwww」と言ったわけではないのでは?と私には思えます。

ちなみに子供を授かることの出来ない体の女性については、
「産む機械」にはならないかもしれませんが、別の何らかの「機械」になればよろしいのではと思います。
あくまで国を1つの「システム」としてみた場合、ですけどね。
機械に例えればこういう話になるのではないでしょうか。

人間としてみた話をするならば、
「国としては女性に出産を頑張ってほしいし、そのために出産しやすい社会にするよう努力したい」
ということでしょう。引用の最後にも載っているとおり。
ここも一緒に見れば、単に「言葉が悪かった、例えが悪かった」というだけの話で済むと私は思います。

つーか「産む機械」発言よりも、
女性・男性揃わないと子供は作れないし、女性1人で育てるものじゃなく家族が一丸となって育てないといけないのに
「一人頭で頑張ってもらうしかない」と、出産・子育てを女性1人でやるのが前提のような言い方をしているほうが
私は問題だと思いますけどね。
妊娠だってタネがなきゃ出来ねーし、今以上に女性に出産を望むんだったら
その分野郎共も頑張んなきゃまわらねーっつーのwwwwwwwwwwwアホwwwwwwwwwwww
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とくに最近、いじめについてのニュースが多く
嫌でも目につき、辛いものがあります。
そんな中で更に気落ちした記事がこれです。

■死なないで:いじめ・救いの手どこに 「いじめる方が悪い」 中高生は半数以下-話題:MSN毎日インタラクティブ

以下、記事より引用--------------------

 ◇NPOが1万3000人アンケ

 いじめがあった時「いじめる方が悪い」と考える子どもが中学、高校で半数にも満たないことが、民間団体の調査で分かった。また、いじめを受けた際に相談できる相手を聞くと「教師」はわずか19%で、「いない」と答えた子どもは2割を超えた。文部科学省の統計報告がいじめ自殺をゼロとしてきた裏で、標的の子が罪の意識の希薄な子どもに追いつめられた上、周囲の大人が十分対処できていない様子が浮かび上がった。【井上英介】

(中略)

 ◇社会の空気反映--自身も子どもの時にいじめられた経験を持つ映画監督、森達也さんの話

 今の時代は社会全体が少数者や異端者に冷たい目を向けている。「強者が弱者を排除していいんだ」という社会の空気を吸って育つ子どもたちが、いじめに対して罪の意識が薄くなっていくのは当然のこと。調査にはないが、大学生や社会人になれば(いじめ容認の)数字はさらに増えるのではないか。いじめについては子どもの問題としてだけではなく、社会全体の問題としてとらえることが必要だ。

--------------------以上、引用終了 2006年11月10日


私が小学生のとき、授業でディベートを開催したことがありました。
その中の議題に、「いじめは、いじめる方が悪いか、いじめられる方が悪いか?」というものがありました。

私は「いじめる方が悪い」という立場でしたが、「いじめられる方が悪い」という人たちも勿論いました。
彼らの言い分は、「いじめられる人が、気に入らない行動をするから、いじめる。いじめる側にはそういう正当な理由がある」という、私からすればとても信じがたいものでした。

そのとき、ディベートの授業であるにも関わらず、「いじめられる方が悪い」側にいた人たちは、その意見に「イエー!そーだそーだ!!」と言いながら激しく拍手をして、「いじめる方が悪い」側の人たちのことをばかにして冷やかした態度を取っていました。
もうその状況が、まさにいじめそっくりでした。

本当に恐ろしかったです。
皆の目が、鬼とか妖怪のような目に見えました。
ディベートの場でまでもいじめを肯定されるのかと、頭の中が真っ暗になりました。

その状況を見る先生の目が、悲しそうだったのを覚えています。
その議題についてのディベートをする時間が終わったとき、
他の議題には口出しをしなかった先生が、立ち上がり

「色々な意見が出ましたが、いじめは、いじめをする方が悪いのです。
自分が気に入らないからといって、いじめていい理由には、絶対なりません。
だから、いじめをしてはいけません。分かりましたね。」

と、きっぱりとクラス全体に向かって言いました。
それまで話し声のしていたクラスは一気に静まり返りました。

私はそのときいじめられていましたので、先生のその言葉にすごく救われたのを覚えています。
この先生のフォローが無かったら、私は今ここにいなかったかもしれません。

そんなわけで、そろそろ26歳になる私が小学生だった頃…だから、10年以上前、か。
12~3年前。
そんな昔にも、「いじめられる要素のある人のことはいじめても良い」と考える子供はいたのです。相当の数。
別に今に限ったことでもなく。

多少の数の差こそあれ、ぜんぜん変わってないんだなぁと、
この記事を読んで気が滅入りました。
まぁ、10年ぽっちじゃ何も変わらんか。


今になって考える。
いじめっ子は、何故、人をいじめるのか。

その答えの一部として、上記で引用した森達也氏の意見があります。
「強者が弱者を排除していいんだ」という社会の空気を吸って育つ子どもたちが、いじめに対して罪の意識が薄くなっていくのは当然のこと。

もうこのまんま。その通り。

そういう大人の背中を見て育った結果が、いじめっ子なのです。
他人をいじめる大人の背中を見て育った子供が、いじめっ子になったのです。

いたって、当然の結果です。

子供同士のことだから大人が口出しすべきじゃないとか言ってる場合ではありません。
子供は大人を見て育っています。
子供がいじめをするのは、その周りにいる大人が、他人をいじめているからです。

「それが人間の本能だ」とか言って、大人が問題から逃げてはいけません。
子供たちを導くには、まず周りに居る大人たちが変わらないといけません。

というか、「いじめられる方に責任がある」と言っている大人に聞いてみたい。
自分の子供が「あいつは○○だから、今自分はその人をいじめている」と言っても、あなたはその子供のいじめを止めないつもりなのですか?

「そうだね、お前がその人をいじめるのも無理ないね」と言いながら受け流すつもりなのですか?

もしそうだとすれば…
そういう人が周囲にいるとすれば、
そら恐ろしいし背筋が寒くなります。
関わりたくない。

では、その、いじめっ子の周囲に居るいじめをする大人というのは
何故いじめをするのか?というところまで遡ってみましょう。

私の考えでは、一言で言えば
第二次世界大戦はまだ終わっていないということです。

どういうことか?

戦争では、私のような現代人には想像も出来ないような、恐ろしいことが起きました。
家族の死、思い出や住む場所の剥奪、
文化人として生きる権利の剥奪。

↑もうこの時点で、正直、国から国民がいじめを受けているようなもの。
壮大ないじめ。

しかも負けた。
ギリギリまで勝つと信じていた戦争で。

辛うじて守れていた、日本国民のプライドさえも、敗戦によってズタズタにされました。

そういった物凄いストレスを抱えて、敗戦から今日にいたるまで、日本国民は生きてきました。

さて。
そのような物凄いストレスを抱えた人間が、
まともに子育てを出来ると思いますか?

私は、無理だと思います。
歪んだ人間が育って当然だと思います。
だって、ゆとりの「ゆ」の字も無い。

物資も、心にも、なんにもゆとりの無かった敗戦後の日本国民が、
まともに子供を育てられたとは思えない。

かならずそこでひずみが生じてる。

で、そのときの子供が、今の「キレる」とか「学級崩壊」とか言われてる子供たちのちょうど祖父母くらいになるんじゃないですかね。

そういう形で、第二次世界大戦の影が、我々日本国民を今も蝕んでいるのです。
ゆとりのない人間が育てた子供にゆとりがあるわけが無く、
そのゆとりのない子供が大人になって、また子供を…

そしてゆとりのない子供が、他人を平気で傷つける。

誰かが途中で気づかなければ、この連鎖は永遠に続いてしまいます。

気づいた大人が、自分から変わっていくようにしないと、無くならないのです。いじめは。

DVにしてもそう。いじめと同じ。
DVは、いじめが学校じゃなくて家になっただけの話。
こういうのは世代をかけて連鎖します。

一人一人が、気づいて、自分の代で終わらせようと心がけなきゃ駄目なんです。

子供同士の問題だから…と逃げないで、
周りの大人も考えてください。


「逃げ」という言葉で更に思い出しましたが、
いじめられている子供が大人に助けを求めるのは、逃げでもなんでもありません。

「あの人に嫌なことをされた、助けて」と先生や親に言うのは、逃げでもなんでもありません。

自分が、耐え切れないほど嫌なことをされたら、誰かに助けを求めるのは当然のことです。
自分の力でどうにか出来たら、それはそれで偉い事ですが、
それを出来ることは少なくともデフォルトではありません。

むしろ、自分ひとりで抱え込まないで、大人に相談するというは、勇気が無ければ出来ないと思います。
そういう意味では、どうにかなる前に大人に相談して来た子というのは、勇気や行動力のある子なのです。
決してラクをしようとして相談しているわけではありません。相談してくるような子は、精神が生と死の境目まで来ているのです。
そういう子に向かって何故「お前が悪い」だのと言えますか?
正直私には、そのように言える神経が理解できません。
交通事故に遭い満身創痍で転がり込んだ病院の医者に「貴方が悪い」と言われたようなものです。

もし、そこで大人に助けられて、その子が生き延びたなら。立ち直って大人になることが出来たなら。
同じように、苦しんでいる子供を助けてあげられるような、そういう大人になるのではないでしょうか。
私はそう思います。
問題から逃げるような弱い大人にはならないと思います。

逆に、大人に相談しても助けてもらえず、むしろ「お前が悪い」などと言われた子供が大人になれば
いじめられている子供から相談を受けたとき、同じように「お前が悪い」と言って突き放すでしょう。
自分が、子供の頃にされたことを、そのまま繰り返すでしょう。
「お前はいじめられるに値する程度の人間なのだ」という意識を子供に植え付けるでしょう。
連鎖するでしょう。そう思います。

もっと、ゆとりのある教育をしましょう。
ゆとり教育じゃなくて。

そして、もうそろそろ、我々の時代で終わりにしましょう。
自分の中の第二次世界大戦に、決着をつけましょう。
ここ最近、いじめによると思われる、学生の自殺のニュースが多いですね。
この話が出るとどうしても気になってしまいます。

今、マスコミで問題になっているのは
学校側や、教育委員会の責任や対応、態度などなど。

うん…。
わかる。確かにそれも重要、なんだけど…

いじめた側の子供たちの抱えている心の問題について、もっと考えるべきなのではないか。

いじめなんていつの時代もあったじゃん、とか
いじめられる奴が悪いんだよ、とか
そういって逃げるのではなくて。

だいたい。
いじめられて心が病む、っていうのは当然の流れであってね。
んなのちょっと考えりゃわかるでしょ、誰だって。
自分がいじめられたら嫌でしょう、続けば心も病むでしょう。

仮に、いじめられても心が折れなかった人も確かにいるのだろうけど
それはその人が人一倍頑張ったか、元々強かったのであって
我慢出来て当然、という問題ではない。
我慢出来たらそれは凄いことかもしれないが、我慢出来ることはデフォルトではない。

いじめられる→心が病む→不登校や自殺
この当たり前の流れのもう1つ前にあるはずの、
「じゃあ何故いじめっ子はいじめをするのか?」
について、あんまり意見を聞かないんですよね。

「そこにいじめやすそうな人がいるからいじめる」のですか?

私は、ただそれだけではないと思うのです。
そこにいじめやすそうな人が居たって、いじめない人はいじめないよ。

いじめっ子は、心に何らかのストレスを感じているから、
人をいじめることで、そのストレスを発散させようとしているのです。

じゃあ、いじめっ子が心に抱えてるストレスって何か。

まぁこれは、挙げれば色々あるのでしょう。
例えば
・親からの過剰な期待
・人に言えないような家庭内の秘密
・家族が酒やギャンブルの依存症である(=ACにも繋がる)
・虐待されて育っている
・兄弟といつも比較されている
などなど。他には
・いじめっ子自身がいじめを受けている(または、受けていた)
などもあったりする。

いじめっ子の保護者や担任の先生を筆頭とした周りの大人たちは
自分の関わる子供がいじめをしていた
という事実に直面するのは、本当に辛いだろう。

とくに保護者からすれば、
自分の子供がいじめをしていた、なんて、
しかもそのせいで、他の子供が自殺をした、なんて、
認めたくないのも気持ちは分からないでもない。

けど、上に挙げたような、いじめっ子の抱えているストレスや問題点などを無視してはいけないと私は思うのです。
これを無視していては、いじめは減らない。

「何故いじめが起こったのか?」と平行して
「何故いじめたのか?」について、こういう観点から追究し
地道に、地道に、1つずつ、丁寧に解きほぐしていかないと
いじめは、減らない。

「先生の注意が適切でなかったからいじめが減らなかった」とかそういう問題じゃあない。
いじめっ子に「いじめちゃダメですよ」なんて言ったところでそれだけで理解るわけがない。

いじめっ子の方の心もケアしていかなければ、いじめは減らないのだ。
↑言いたいことはこれ。

いじめっ子自身も、いじめっ子の保護者も、いじめっ子の学校の先生も、
みんなで逃げないで、一丸となって、いじめっ子の心のストレスについて
解きほぐす。
それが必要。

まぁオモテに出てきてないだけで、やってるところはこういうこともやっているのかもしれませんが。

後は当然、いじめられた子の方の心のケアを最優先としてね。
今自分のいる学校だけで全てじゃない、って、いじめられっ子だけに限らずきちんと教えてあげて。大人が。
履修漏れ、公平性にも配慮と安倍首相=卒業生も調査、扱いを検討

以下、全文引用----------

 安倍晋三首相は30日午前、首相官邸で伊吹文明文部科学相と会い、高校の必修漏れ生徒の救済策について「未受講、既受講の両方の生徒が犠牲者だ。不公平感が生じないようにしてほしい」と述べ、双方の公平性に配慮した内容とするよう指示した。また、塩崎恭久官房長官は記者会見で、未履修のまま卒業した人の扱いについても検討する考えを示唆した。
(時事通信) - 10月30日13時1分更新

以上、全文引用----------2006年10月30日


私は安部首相と同意見ですな。
今年度の3年生は可哀想だけど、
キチンと漏れなく履修している生徒もいるわけで、
そういう生徒たちは、履修していない生徒よりも、受験勉強に当てられる時間が少ないわけで、不利になる。
そういう観点から見ると、未履修の生徒たちに特例措置とか言って、補習も何も無しではいかんと思うのです。

モリゼンソーリが馬鹿丸出しで「これから補習なんてかわいそうだ。そんなことやらなくていいっ!」とか喚いてましたけどね。この人にはもういい加減沈んでいただきたい。
Sankei Web「給食費払わぬ親たち お金あっても「頼んだ覚えない」


以下、上記記事より引用----------

 家計にゆとりがあるのに給食費を払わない保護者が増えている。あまりの悪質ぶりに、法的措置を取る自治体が相次ぐ。未納分を学校側が立て替えたり、給食の質や量を下げて対応している事実は、教育界では“公然の秘密”。生活保護に上積みされた給食費を別の出費に流用する保護者もいるほどで、きちんと払っている保護者や教職員たちから非難の声が上がっている。(池田証志)

 「高級外車を乗り回し、携帯電話に何万円も払っているのに、給食費は払わない保護者がいる」。文部科学省にはこんな報告が相次いで寄せられている。外車に乗るような世帯だけではない。国や自治体は所得により生活保護に給食費分を上乗せして支給しているが、それでも給食費を滞納する保護者も多いという。

----------引用終了 2006年10月2日

…まぁね、子供に罪はないので、
「該当の子供のみ給食を与えずに見せしめしてやれ」とか
そういう子供を道具にしたこらしめ方は野蛮で最低なので辞めて頂きたいわけですが…、

学校側がその給食費を肩代わりして払っちゃうってのもどうかと思うわけですよ。
ここは毅然とした態度で、支払いを命じ続けなきゃいかんと思うわけですよ。

んで、どっかの段階で
「給食費っていうのは、義務教育とは別」とか、
「そもそも義務教育にかかってるお金だって、元を辿れば我々が払っている税金であって、預かり知らぬ場所から湯水のように湧いて出ているわけではない」とか、
そういうことをもっと分かりやすく知ることが出来る場所(機会)があると良いと思うんですけどね。

つーかこの親たち、
給食費の分だけ税金増やして、税金から給食費払うようにしたら
納得するんじゃね?とか思ってしまう。
それほどにアホなんじゃないかと思ってしまう。

んで、怖いオニイサンみたく「給食を止められるものなら止めてみろ!」とかすごんでる人もいるみたいですが、
それでひもじい思いをするのは子供ですからねぇ。
こういう人たちって、「んじゃ、」つって学校が給食止めたとしたって、まともな弁当持たせてくれるわけじゃないんでしょ?

(仮にまともな弁当を持たせてくれるというなら、それはそれでアリかと思う。
 そしてそれでイジメが発生した場合は、いじめた側の方の心の闇を徹底的に追求すべき。
 「いじめられるから皆と同じにしていなければならない」という教育は変だと思うし)

それにしても、子供はそういうの薄々気づくから
「自分はお金払ってないのに、タダメシ食ってる子なんだ」
という認識が芽生え始め、そのうちそれが当たり前になり
心が歪んでニートになったり、自分さえ良ければ多少の不正は良いだろっていう考えの人間になってって
どっかで駄目になるだろうよ。
かわいそうに。本当に子供が一番かわいそうだよ。

そんで真面目に払ってる親もかわいそうですよね。
仮にこれで「じゃもう給食制度ナシにしよっか。」ってことになったら
また、共働きの家族の家事負担が増えてくぁwせdrftgyふじこlp;@になるじゃない。
そうなったらまたますます少子化に拍車がかかるね。あーあ。

給食、安くてしかも栄養士さんがキチンと栄養バランス考えて作ってくれてて
すっごい便利で素敵なシステムだと思うんですけどねー。
これが一ヶ月5000円足らず(小学生に至っては4000円足らず)で利用できるんだから、素晴らしいことじゃないですか。

それにしても、なんで給食費って税金でまかなわれないんだろう?
どうせみんな払わなきゃならんというのに。謎。
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HN : マツシマ
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誕生日 : 1980/12/02
職業 : システムエンジニアっぽい
趣味 : 人騒がせ
自己紹介 :
2ch-ネタ雑談-お笑い小咄-意味不明の言葉を書きこむスレで小一時間爆笑し続けるような壷の持ち主です。
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